今からおよそ二百年前、佐伯藩の家老に、18になる菊姫というむすめがいた。
町なかを通る菊姫を見かけると、若侍たちは、「あれが、うわさにきく菊姫か。 美しいのう。」「ああいう姫をよめにしたいものじゃ。」と、だれもがよめにほしがるはど美しいむすめであった。
家老夫婦も、美しい菊姫によいむこがはやく みつかればよいがと願っていた。
ところがどうしたことか、あるとき、菊姫の美しい顔にふきでものが出はじめた。
はじめはひとつだけだったのが、だんだんと黒く広がっていった。
やかて右のほおはふきでものでいっぱいになり、見るもいたましい顔になってしまった。
菊姫は部屋にとじこもったきり、外に出ようともしなくなった。
家老夫婦は、むすめの美しさをとりもどそうとあちこちの医者をたずねてまわったが、さっぱりききめはなかった。
そのうち、菊姫はだんだんとやせおとろえていった。
そんな日がつづいたのち、菊姫のへやから、お経を読む声が聞こえてくるようになった。
ある朝のこと、いっしんにお経を読みあげている菊姫の目の前を、ひとすじの光がさっと横切ったかと思うと、重々しい声がひびいた。
「おまえの病気は、大日寺の弁財天においのりすれば直るであろう。」
菊姫は、このお告げを信じた。
さっそく大日寺にいくと、竹やぶにかこまれた境内は、人気もなくしずまりかえっていた。
本堂のうらの弁財天をまつってあるお堂に入ると、菊姫は一心に祈りはじめた。
「弁財天様、わたくしをあわれとおぼしめして、どうかもとどおりの顔にしてくださいませ」
この日から、菊姫は21日間の願かけに入った。
雨の日も風の日も、菊姫はいっしんにいのりつづけた。
やがて、21日めの日がやってきた。菊姫は、朝からお告げにのぞみをかけていのりつづけた。
昼がすぎ、夜になった。
うしみつどき(午前2時ごろ)になろうかというころだ。
一本のろうそくだけのうす暗いお堂に、目もくらむような強い光がきらめいた。
と思うと、弁財天のうしろから、らんらんと目をかがやかした大蛇が、まっ赤なほのおをはきながら菊姫におどりかかってきた。
「ああ、弁財天様、おたすけくだされ。」にげるまもなく、菊姫はその場にきぜつしてしまった。
つぎの朝、お堂の中にたおれている菊姫を、家来たちがみつけた。
ふしぎなことに菊姫の顔からは、あのみにくいふきでものが、あとかたもなく消えていた。
家来たちは、大声で菊姫をゆりおこした。
「姫様、あなたはもとの美しいお顔におなりですぞ。」
この話が城中に伝わり、町じゅうに広がると、弁財天のご利益を受けて美しくなりたいと願うむすめたちのお参りがひきもきらなかったという。
『大分の伝説』大分県小学校教育研究会国語部会編より